電車で変なものをはこぶ金沢から

2018年06月14日

ピアノとキエフと雑記

若きピアニストの演奏を聞きに行く。

ご招待枠があったのでミールの大先輩を誘ったら、「ほんとうに、嬉しく存じます。」という見事に純粋でかわいらしい連絡をいただいた。かわいすぎてボスに報告した。

ふらりといらして、譜面をみずにラフマニノフをひく。

壁にある巨大都市モスクワの絵がどんどんと浮き出るように見えた。

久しぶりに食べたロシア料理も、オリビエも、おいしかった。

空の人とそういうことがあったんですが私はどうすればいいでしょう、と言ったらその少女のような大先輩は「とりあえず何度か会いなさい」と仰った。

この勢いは誰かに似ている、と思っていたら、タキコ先生にそっくりなことに気付いた。

むかし格闘技の世界チャンピオンのひととおつきあいしていた。

僕といても道場の女将にしかなれないよ、といわれた。お別れして、かなしすぎてかなしすぎて授業にいけなかったときも(代々木までいったのに悲しすぎて涙がとまらなくて喫茶店で泣いて授業にいけなかった)、

翌週タキコ先生には「どんなひとだったの」と聞かれた。そしていわれた。いのちみじかし恋せよ乙女。



最近は先週あったこと、数日前、会った人、いやほんとうは昨日あったことや、話をした内容も殆ど覚えていない。

メールやLINEもメッセージもすぐ消してしまうので、人様が私に何を連絡してきてくださって、じぶんがそのときどきで何をもとめてなにをいったのかもあまり覚えていなかったりする。

職場のなかではわたしが一番若いので、私の記憶力が頼りらしいのだけれども、いまは自分と人様との約束も手帳に書かないと頭からすっぽり抜けてたりする。



おもえばほんとうにたくさんの「自分ではない」ものを抱えていたなあ、とおもう。

ただいちにちいちにちに心がそこにあって、

いまそこにあるワードの仕事とか、エクセルの仕事とか、目の前のことをこなしていると、夜になって、スープを作って、私の祖母がそうしていたように、神棚に食事をあげて、かみさまに祈って、眠る。

なんだか修道女みたい。

東京にもキエフのような美しい教会があればいいのに。



お勤め時代の同僚と、突然連絡がつながった。

わたしは人事だったのでその人のことを一方的になんとなく知っていたのだけれど、

彼がどういう人か、自分と家族を背負って、人生についてどういう哲学をもっていてどのように前向きに生きているかなんて話したことがなかった。

隣の隣の部署で、私の部署も、彼の部署も、金魚鉢みたいなガラスに密閉されていて、息が苦しくて、個人的な話をできるような雰囲気というのは会社に一切なかった。だから天気の話すらもできなかった。

話をしたい、と言われたので本をリュックサックに詰め込んで、翌々日にすぐに飛んで行った。

在職当時は杖をついていて、私が退職してすぐに、車椅子の生活になったそうだ。
結構なスピードが出る、電動車椅子でいらした。

ここにはかけないけれど、彼がどういう病気なのかも、それがどういうふうになりうるのかも、人事という立場でずっと知っていた。ただし彼から友人として病状の内容を聞かされたわけではないから、それは伏せて話をする。
転職したそうで、顔色は当時よりずっとよかった。

そういうわけでロシアの生活の話と、私のこの一年を話して、私の瞑想のヨガの先生の話をしたところ、沢山の本のなかから、彼はやっぱりその「緑の本」を選んで、僕も行きたい、と言った。

バスやタクシーにこいつ(車いす)は乗らないと言った。最寄駅からその場所までは結構遠くて、どうやって行こうか、と言っていたら、他の路線で直通で到着する駅から車いすで1〜2キロあるければ、そこにつくことがひらめいた。

エレベーターはないけれど、階段は1階分ぐらいなら登れる、といった。

美しい人生になると思う。 蓮の花のような人生が送れる。 1年通わせてもらって、そして古い仲間として、わたしはそれだけは確実に約束できる。



その場所のことは8年ぐらい前に教えられた。

古い友人に鎌倉の美しいスターバックスに連れて行ってもらって、同じように、献本をもらって、教えてもらった。

彼は仕事を辞めて、数年インドを放浪して、アメリカを放浪して、人生の師を求めた果てに、

インドの聖者から、ほかでもない日本にそういう大聖者がいる、ということを教えてもらったという。

そうして彼がインドを放浪して苦労して得た貴重な情報を、いまおもえばその人も迷いながら、変な人におもわれたらいやだなと恐れながら、わたしの幸せを祈ってそういう情報を惜しみなくくださったんだと思う。

もちろん彼は自分がインドを放浪した果てに得た情報云々なんて私には一言もいわなくて、それはつい先月くらいに、共通の知人からきかされた。

彼にいただいた、おそらく人生最高の情報にたいしてわたしは相変わらず無知で無関心で傲慢で、同じように同じような失敗を繰り返しつづけるわたしに、彼は7年もの間ときどきわたしの日常に現れたり消えたりしながら、ぐりぐりと正義と真理を押し付けることなく、いつも穏やかに話をきいてくれた。

そういう彼の、友人としての愛の深さに、やっと今朝電車のなかで気づいた。

自分がどれだけ、こうした友人や知人、先輩たちからの愛情について無知蒙昧でおそろしく傲慢だったかと思う。

空の先輩も思えばずっとそんな感じでキエフにいらしたころ、いやもっと前の静岡のころから時々美しい連絡をくださり、人生の先輩として見守っていただいていた。
そのことに瞑想していてやっとわたしは先週気づいたぐらいだから、
若いかたもおそらく気付いていないと思う。そしてわたしがそうであったように、おそらく必要なプロセスなんだとおもう。



東京にキエフのような教会はないけれど、通うようになって、わたしは東京で息ができるようになった。



一見だめなような状況でも絶対大丈夫なんです、と言われた。

死んだらもっていけないことがら・いずれ死んだら会えない人たちに心をくっつける生き方をするのは、もうじゅうぶんだとおもう。






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